本当の私のことなんて
誰も知らなかったでしょう

 

小さな事で一喜一憂する
凄く泣き虫な私のことなんて
誰も知らないでしょう。

 

お客さんからのありがとうに
いつも励まされてる私のことなんて
誰も知らないでしょう。

 

小さな時から
周りの人に理解されなくて
優等生を演じるしかなかった私のことなんて
誰も知らないでしょう。

 

一つのことに夢中になると
周りが見えなくて
他の人から変な子扱いされる私のことなんて
誰も知らないでしょう。

 

一生懸命なだけなのに
周りと少し違うからって誤解されて
決めつけられて嫌われる私のことなんて
誰も知らないでしょう。

 

 

悪口を言う人は何一つ
本当の私のことなんて

誰も何も知らなかったでしょう。

 

 

 

経営者なんだから。
お母さんなんだから。
女なんだから。

 

 

一つの体に社会は沢山の役割を求めて
勝手に期待して理想を描いて
そうじゃなかった時に否定してみたり。

 

会ったことも無いのに周りの噂を鵜呑みにして
一緒になって悪口を言って
私のことをまるごと否定してみたり。

 

 

ねぇ、楽しかった?

 

 

会ったことも無い
そんなに深く会話したことも無い私のことを

大の大人がみんなで陰口を言って
そんなに楽しかった?

 

何かあなたは救われたの。

その中心にいる人は本当に被害者だったの。

私の全てを知っていたの。

人を傷つけてもいい権利を持っていたの。

 

 

 

これまで私はずっと

「いい子」で黙ってきたわけで。

 

こう言うことを書いたら
この業界から干されて
何処に行っても助けてもらえないんじゃないか、とか

誰かに相談しても
その人もきっと

裏でまた陰口を言うんじゃないか、とか。

 

 

オーガニック化粧品の世界を夢見て
飛び込んでくるこれからの若者達を前に

そんなことしていて
あなたたちは恥ずかしく無いのか

私は問いてみたいと思った。

 

 

 

 

本当のことを言うだけで。

 

本当のことを言ってはいけない、なんて
一体誰が決めたんでしょうね。

いじめられっ子は世に憚る、なんて
一体誰が決めたんでしょうね。

 

そんなの嘘。

 

誰だって声をあげていいし、争ってもいい。

逃げてもいいし、泣いてもいいのに

 

どうして大人になったら

人は声をあげて泣いたり
本当のことを言ってはいけないなんて
綺麗事ばっかりを言うようになるんだろう。

 

 

 

情けないし、悔しい。

怒っても良かったのに
ずっと「いい子」でいた私が馬鹿みたい。

 

オーガニック化粧品やサロンの世界は
もっと美しくて綺麗なところだと思ってた。

信じていたのに。

 

 

 

 

狭い市場の中で蹴落とし合って

同業他社で罵り合って

大人が揃いも揃って悪口を言って
自分達のしていることが
こんなにも恥ずかしいことだって

本当に気づいていないんだろうか。

 

 

私はずっと、この時を待っていた。

ずっとあなた達に
聞いてみたかったことがあるの。

 

 

 

 

 

 

孤独に生きる勇気を持った私は最強。

 

27歳の時。

私は、はじめての誹謗中傷を受けた。

 

 

 

ある知り合いの会社に
女性達から突然の連絡が来たのだ。

 

「坂田さんと付き合わない方がいいよ」
「あなたのお店が
坂田さんのものみたいに見える」

共に事業をしていた関係者の元へ
突然に届いた電話。

 

複数の女性が集まっていたのか
回し電話で何人も同じようなことを誹謗中傷し
最後にある女性が名乗ったという。

 

その電話を受けた知り合いは複数いた。

その中で唯一の男性の知人が教えてくれたことだった。

 

その誹謗中傷の名前を辿っていくと

私が以前、発信をきっかけに
すれ違いを起こし

何度もお詫びをしたが周りの意見を鵜呑みにし
結果的に私の声が届かず
和解できなかった人たちがいた。

 

– 同業他社だった。

 

しかもその中の数人は
会ったことも話したこともない人たちで

いわゆる同業界の「派閥」
と言われる人たちだった。

 

 

 

当時、わたしは27歳だった。

 

まだ業界では新米だった私は

はじめて出店したお店と
はじめて販売した自社化粧品の販売に追われ

書籍の人気税とも言える誹謗中傷を前に
「何でこんなことが起きているの?」
未だ信じられずにいた。

 

 

多くの場合は
このブログをきっかけにされていた。

 

こう書いてあったから。
こう言っていたから。

 

都合よく相手の解釈で切り取られた言葉は
スクリーンショットされ業界中を駆け巡った。

 

「あの子何も知らないのね。分からせてあげないと。」
と言わんばかりに始まった

大人のいじめ。

 

今思えば、本当に滑稽だった。

 

 

その人は私に
直接何をされたわけでも無いのに

あらゆる関係者に
「坂田さんと仕事しない方がいいわよ」と

陰口を言うようになった。

 

化粧品を卸さない方がいい。
一緒に仕事をしない方がいい。
お客さんを取られる。
ノウハウを盗まれる。
化粧品を真似される。
あなたの化粧品も盗まれる。

 

事実無根とも言える内容が
その派閥の中でネタになり
ある時、瞬く間に広がって
いろんな仕事がやりづらくなった時期があった。

 

– それからもう、3年になる。

 

 

当時、私はサロン業が忙しく
メーカーとしての仕事はあまりしていなかった。

 

年齢が離れた人が多い
このオーガニック化粧品の業界の中で

誰とも繋がりがなかった私だったが

ある時大切な仕事仲間のもとに
私との仕事をとりやめろ、と
脅しのような連絡が来たことで


はじめて事態の恐ろしさを知ったのだ。

 

 

 

 

ある時は
東北まで出向き知り合った人達と
楽しい時間を過ごし、そのことをSNSにアップした。

分かり合えたことが
ただただ純粋に嬉しくてしたことだった。

 

すると1週間も立たないうちに
その方と連絡が取れなくなった。

 

変だな、と思った私が共通の知人に尋ねると

「その方から連絡がありました。
坂田さんと付き合っても本当に大丈夫なのか。
と随分と疑っている様子だった」と。

 

その方の元に匿名
または名を出した状態で

同様な誹謗中傷が寄せられたようだった。

 

 

ある時は
大切にしていた人達から
「坂田さんとはもう仕事ができない」
面と向かって言われたこともあった。

 

理由を尋ねると
あなたのブログの内容が
私たちのコンセプトと類似してると
匿名の密告があった、と
そう言うのだ。

そのコンセプトはありきたりなもので
真似しようにも
多くの人が多用している言葉だったのだが

その密告を信じた彼らは
私を切ることにしたという。

 

 

ある時は
私の信頼する知人やプライベートにまで及んだ。

 

匿名のメッセージが複数来ると
人はまるで
「危ないことに巻き込まれるのではないか」

予期せぬ不安を覚えると言う。

 

きっとその人達もそうだったんだろう。

 

私の大切な人の元に
私を装ったメールが送られてきて
明らかに知られて困るような
プライベートな内容を

会社宛に送られたこともあった。

 

それをきっかけに
一度はその人と別れることになり

3ヶ月近く食事が喉を通らない程に
辛くて立ち直れなくなったときもあった。

 

 

またある時は
誹謗中傷が原因で
化粧品を販売できなくなったり

工場自体を
撤退しなければならないことにも
繋がっていった。

 

プライベートな交友関係までも利用され
有る事無い事いわれるようになり
反論したら
またそれをネタにして報復する。

 

仕事とは関係のない
家族やパートナーのことまで
流されることもあった。

 

そして、人格までもが
否定されたこともあった。
 

 

 

あなたは利用されてる。
あの子に全部奪われる。

 

会ったことも話したこともないのに
私の一体何を
彼女達は知っていると言うのだろう。

 

その誹謗中傷には、電話番号も社名もなかった。

そんな言葉を信じる人たちのことも
私は信じられなかった。

 

もし名前を出しているとしたら
絶対にこの人はばらせない、または
名前を出したら絶対に裏切らない
下の立場の人
に言うのだろう。

 

人はそれでも、信じてしまう。

 

「よく知らない人」を
人は「怖い」と勘違いをする。

 

それはお化けと同じで
よく知れば怖くないものも
知らないから恐ろしくなるのだ。

 

 

 

これだけ多くのブログを書く私の言葉は
その人達によって
面白おかしく都合よく、切り取られていった。

 

スクリーンショットを
関係者同士で回して

冷やかしのネタにしていた。

 

業界に入ってきたばかりの人は
中心にいる人たちが
そんなことをしてるものだから

困惑しながらも「あぁ、確かにそうかもね」

同調せざる終えなかっただろう。

 

 

私は元々知り合いが
オーガニック化粧品業界に多くないので

誤解も多かったのかもしれない。

 

若くて、やり手の経営者として
異端児とも呼ばれていたらしい。

 

ある人からは
「坂田さんって本当に4店舗もあるの?」
疑いのネタを
確かめに来られたこともあった。

 

「何でそう思うんですか?」と尋ねると

「いや、君は業界でも異端児だからね。
無借金でそこまでやれるとなると
みんな疑いたくなるんだよ。

だから僕は君の擁護派だから
確かめたくてね。」と。

 

そんな風に当時
同業の女性には妬まれ

男性には色眼鏡で見られることも
少なくはなかった。

 

セクハラまがいの写真やメッセージを
直接送られたこともあった。

 

悔しかったし、気持ち悪かった。

それでも
「そんな格好をしている女の君が悪い。」なんて
そう、言われたことも。

 

 

若くて、女で、成功すると
良からぬ誤解を生むと言う現実。

 

どれだけ純粋な気持ちで
仕事をしていても

同じ志しで頑張っているはずの同業者から
陰でそんなことを言われているのか、と。

 

 

 

 

 

 

あなたは考えたことがあるだろうか。

 

信じていた人から、嫌われること。

知らない人から、疑われること。

会ったこともない人から、怖がられること。

 

まだ、27歳だった

何も成し遂げていなかった。

 

ただ考え方がやり方が新しかっただけで

前例がないからこそ
面白くないと感じる同業他社から
散々叩かれていた私。

 

でも周りの大人達は助けてくれるどころか
派閥に同調し、ただただ傍観していた。

 

 

あなたは想像したことがあるか。

 

酷い虐めを受けたとしても
「先生にチクったらもっと虐めてやる」と言われる
虐められっ子の気持ちを。

同じように
言い返したり誰かに相談すると
「この業界ではもう居られなくなるよ」と言われる
私の気持ちを。

 

 

では、どうすれば良かったんだろうか。

 

名前も顔も分からない人達に
どう立ち向かえばよかったのか。

無視をすればいい、と
大人たちは言うけれど

当の本人は部屋の隅で
今にも死にそうな心で生きていたというのに
「忘れなさい」と言うのだろうか。

 

誰も私の本当の気持ちや
仕事に対する信念や懸命さを
信じてくれなかったというのに

何を忘れろ、と言うのだろうか。

 

 

その人達のことを知っているのに
守ってくれなかったじゃないか。

 

守れなかったとしても

少しくらい私の言葉を
信じてくれたらよかったじゃないか。

 

 

 

 

寝る間も惜しんで毎日働いたの。

子供と会えない時間も頑張ったの。

 

寝かしつけた夜も
2時に目覚ましを鳴らし

夜な夜なお客様から来る化粧品発送の依頼のために
あなた達の化粧品を一つ一つ梱包材に包み

綺麗にして手紙をつけて送っていたの。

 

「ただ置いてあるだけでは売れない」
まだまだ無名のオーガニック化粧品。

 

それを一つ一つ丁寧に
私はこれでも懸命に
あなた達ブランドの言葉を代弁してブログを書き
毎日毎日、伝え続けたと言うのに。

 

 

どうして誰も
私の言葉を信じてくれなかったの。

何でもっと早く気づいてくれなかったの。

不器用だった私を
どうして直接叱ってくれなかったの。

 

 

 

 

 

 

 

 

悲しかった。辛かった。

周りの人みんなが嘘つきに見えた。

 

 

悪口を言っている人も言っていない人も
結局は私を
面白おかしく見ていたんだろうか。

 

「あの噂本当だろうか」と好奇な目で見て
同じようなことが起きると
「ほら、やっぱり」と
一つの失敗を大袈裟に捉えられた。

 

最初から、同じステージにすら立たせてもらえない。

 

これが本当に、私が夢見た
オーガニックな世界だったのだろうか。

 

 

 

ある時は
大切な人を誹謗中傷から失ったことも。

心から大切な人だった。

 

立ち直れなくて、毎日が灰色になって
呼吸ができなくなって
それでも仕事や会社は止まらないから

毎朝、我に返って着替えをして
娘の顔も見ずに会社に通う日々もあった。

 

 

 

 

私だけのシェルターを求めて。

 

そんな中、とあるきっかけに
通うようになった宮崎県

私はそこで
自分だけのシェルターを見つけた。

 

誰も知らない、縁もゆかりもない。

そんな土地のど真ん中で
自然無垢の家は私を出迎えてくれた。

 

 

数年間放置された1000坪の土地と家には
何匹もの猫が住んでいて

何度か通ううちに
私が帰ってくると
顔を見せるようなっていった。

 

「おかえり、またきたのかい」

そう言わんばかりに。

 

 

彼らは何も言わないけれど
私を勝手に決めつけたりもしなかった。

勝手に誤解して
噂をしたり疑ったりもしなかった。

 

ただそこに静かに佇んで

凛と強く、孤独を生きていたのだ。

 

 

 

私の2度目の生き直しへ。

 

 

私はここで「生き直したい」と思った。

 

失敗をしたことがないわけじゃない。
虐められる理由がなかったわけじゃない。

小さな火種でも
何もないところに煙はたったりしない。

 

それでも私は
一度は周りの大人が諦めた夢を

瞬く間に叶えてしまうものだから

眩しくて眩くて
消し去ってしまわないと
きっと彼女達にとっては具合が悪かったんだろう。

 

羨ましい気持ちは妬みに変わり
小さな火種は嫉みに変わる。

 

それはもう、人間として仕方のない感情で
私には救ってあげられないことだと
やっと学んだ時期だった。

 

だからこそ
もう一度ちゃんと呼吸がしたい。

誰も信じられなくなった私を
ちゃんと呼吸させてあげたい。

 

「私らしさ」を否定されたことを
忘れさせてあげたい。

そのままの私でも
生きやすい場所を作ってあげたい。

 

その一心で
私は宮崎に工場を作り始めたのだった。

 

 

 

 

 

誰からも愛される女の子は「卒業」

 

本来、人はみんな違っていて
それが個性的で
とても美しいはずなのに

人は何故か同調して
首(こうべ)を垂らす稲のように
平等な背丈を求めるようになったのか –

 

みんながみんな
同じ考えや同じ歩き方じゃなくてもいいはずなんだ。

個性的でもいいはずなんだ。

 

例えそれが、ビジネスの現場でも
「こうでなくてはいけない」なんて
一体誰が決めたんだろう。

 

そこから外れた人が憚れるこの社会が
私には到底受け入れがたかった。

 

だからこそ、私は私だけの稲を伸ばしたのだ。

ただ、真っ直ぐに。
まるで「麦」のように天に向かって。

 

 

大の大人達が揃いも揃って馬鹿みたいに
見知らぬ幼い私を叩いたお陰で

私はこんなにも大きな事業を
できるようになっていったなんて

きっと彼女達や彼らは気づいていないんだろう。

 

それは間違いなく

その中でも私を信じ支え
「それでもあなたの可能性を信じたい」
最後まで応援してくれた仲間がいてくれたからで。

 

当時は、100人中
それはたった3人だったかもしれない。

 

でも今では
少数派だった私だけの社会も
次第に同じような環境下で生きる仲間達で
溢れていくようになった。

 

時間の経過とともに
私も少しづつ大人になり

多くの人に認められよう、とか
信じてもらおう、とはしなくなっていった。

 

「承認欲求への執着」を無くしたのだ。

 

そこに依存していた自分がいけなかったことにも
次第に気がつくようになった。

 

誹謗中傷に過敏に反応して
周りに迷惑をかけたこともあった。
それも今思えば、本当に馬鹿なことだったと思う。

 

そもそもその人たちは
私のことを知らないのに
分かってもらおうなんて無理な話だったわけで。

 

 

私が毎日誰のために生き
私が毎日何のために働き
私が毎日夢のために歩いていることを

そこに居る人たちは、何も知らないのである。

 

 

私の声や嘆きひとつで
出来上がった派閥や社会は
変わることなんてないのに

私は泣いてばかりで
ちっとも成長していなかったことを知った時

 

私は改めて自分の身の丈を知り

羽ばたくための羽の大きさを知る。

 

 

 

 

悔しさは、最大の原動力だった。

 

悔しい気持ちを放っておくと
それはただの無駄な傷で
終わってしまうのが嫌だった。

 

もっと好きなように生きてみたくて
誰にも迷惑をかけたくなくて
誰にも何も言われたくなくて

私は自分のためだけの化粧品工場を作り
自分の好きな物作りを
好きなだけしようと思い始めた中で

今の活動の原点が生まれた。

 

そう思うと
これまでの経験や意見が
全て有難いことだったことにも

気がつけるようになっていったのだ。

 

 

 

 

昨日の私より
私らしく生きていくこと。

 

 

次第に「私らしく生きていくこと」
心から楽しいと思えるようになっていった。

分かってもらえない人と
無理して一緒にいる必要はなかったのだ。

 

分かってもらおうとするから
そこに執着するから
自分のいいところを見失ったり
99人中1人の意見に過敏に反応したりする。

 

大切なことは、自分の可能性を信じること。

 

何をしても嫌われたり
怖がられたりするならば

いっそ、好きなように生きた方が
よっぽどに幸せだ。

 

そこから自ら引き寄せた縁は
そんな「顔の見えない噂」なんかで
自然と切れたりなんてしなかったのだ。

 

自分の考えや行動に自信さえ持てれば
何も怖くないことを知った私は
ある時から「最強」になれた。

 

 

 

傷つくほどに美しくなれることを知ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

本当の私を知っている人なんて
何処にもいない

 

私にとって他の人の1週間が
私の「1日」だった。

 

周りよりもずっと時間が早く流れていて
決断も行動も迷いがないので

誰も私に着いていけないし
無理をすると否定したくなってしまう。

 

「まことさんは
よく言うことが変わってしまうよね」と
そう言われることもずっと辛かった。

でもそれは意見が変わったんじゃなくて
他の人の7倍以上の速度で
前に進んで「過去」になってしまっただけだった。

 

自分自身で
そう思うようになったら

自分で自分のことを
受け入れられるようになっていった。

 

最初は会う人会う人
そう言うものだから

最初はそれで何度も傷ついてきたけれど

もう理解されることを諦めて
ある時から「まぁいっか」と執着しなくなって
孤独を選ぶようになっていった。

 

 

 

でも気がつけば
そっちの方が「孤独」でなかった。

 

マジョリティ(多数派)の中で
私は普通ではなかったけれど
マイノリティ(少数派)の中では
私は自由だったから。

 

多くに理解されようとするから
孤独になる。

嫌われないように生きようと思うから
自分を否定する。

 

そんなこと、ほんと馬鹿みたい。

自分を自分で傷つけ続けるなんて。

 

「嫌われる勇気」
本当の居場所を教えてくれた。

 

 

 

自分の軸を持って
考えを信じて生きていける人は
心が
とても美しかった。

 

私は「そういう人」に
ずっとなりたいと思っていた。

 

「あなたは変わっているね」
最高の褒め言葉になって
多くの挫折は、きっといつかは笑い話。

 

 

欠けたところだらけの「私」を
ただただ信じてくれる仲間と
共に生きていきましょう。

 

多くの人に愛される
可愛い女の子でいる必要なんて

最初からなかったこと。

 

「卒業の時」

共に歩める、その時まで。

 

 

坂田まこと

 

 

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