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– 映画「ある男」を観て –
「足るを知る」という大切な言葉

 

私の人生の中に
「足るを知る」という大切な言葉があります。

 

もうすでに
恵まれていることに気づき
それらに満足することを指します。

 

誕生日の前日に公開した
〈ある男〉という映画を見て、私は思ったので
ここに少し考えを綴りたいと思います。

 

※以下、多少のネダバレを含みます。

私にとっての
「生き直し」とは。

 

ある男という映画は
妻夫木さんと窪田さんが演じる
〈ある男の真実〉
探し求める物語なのですが

 

私はその作中の中で
〈こういう方法でしか
生き直せない人もいる〉という言葉に

何度も共感して、
何度も涙をしてしまいました。

 

 

 

確かに普通ではない
法外な方法ではあるけれど、

特殊な環境に生まれてしまったことで
「普通の人生」を知ることなく
大人になった人にとっては

 

それは、得るに尊いものです。

 

 

 

 

普通の幸せを
手に入れたい一心に犯したことは

とても受け入れ難い事実だったとしても
世の中には色んな人がいて
その数だけ、いろんな人生がある…

 

今回は〈殺人犯の息子〉という
通常共感が難しいテーマでしたが、

 

ある意味、私も全く環境は違えど

この10年間
若年妊娠の責任を払拭するために
懸命に働き続けた過去を
重ねてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

「無計画に子供を産み、母親になった」

 

そう思われても、仕方がない…

直接言われたことなど無くとも
19歳の若すぎる母親だった私にとって…

 

東京に上京し
待ち受けていた人生は
差別偏見が当たり前の環境でした。

 

 

 

 

 

 

若いというだけで
子育てを疑われる。

女性というだけで
仕事を預けてもらえない。

子供がいるだけで
対等な給与を与えてもらえない…

 

 

泣き喚く娘のあやしが上手くいかず
隣人に児童養護施設へ
通報されたこともあれば…

電車に乗るたびに
ジロジロと見られた時は苦痛でしたし

私が親になることの何が悪いのか…

 

小さな子供を10代で抱えても尚
真っ直ぐ生きようとしてる私にとって
全く受け入れられなかったのです。

「足るを知る」こと、とは。

 

子育ての期間に
社会から置き去りにされ
友人も親も近くに居なかった20代の私は

「セラピスト」という新しい働き方を
〈生き直すために〉選択しました。

 

 

17歳で上京してまで掴みたかった
子供の頃からの夢の
ウエディングの世界を辞め
未経験だった美容の世界に飛び込んだのは

紛れもなく「生き直すため」です。

 

 

 

 

新しい土地で
新しい仕事を始め
新しい夢を持って
新しい〈わたし〉になりたかった。

 

 

 

女性に生まれたことも。
子供が出来たことも。

それは、すべて愛されるべきことで
何も知らない誰かに
差別されることではない、と。

 

 

働く若い母親に向けられた
「小さな差別」
信用度が低いからだ、と感じた私は

懸命にお金よりも、信頼を貯蓄することに
20代の人生を仕事に投資します。

 

 

 

 

懸命に働いていれば
きっと誰かが「認めてくれる」

 

 

 

でも、ある時から
私が女性に生まれ
母親になると選択したことは

「すでに恵まれていることで
十分に幸せなこと」だと

そう自分に再認識させるための
活動でもあった、と気づき始め…

 

 

他者承認よりも
自己承認に重きを置き
自分の人生を
自分で肯定していくわけですが…

 

 

 

きっと私は…
学歴や資金が無くとも
長い時間働けなくとも

私は他の誰とも変わらないほどに
社会の中で貢献し活躍できると
「証明」したかったんだと思います。

 

 

 

悔しさは原動力、と
本にも書きましたが

私にとってこの20代の10年間は
〈社会貢献への証明〉
得るための活動であり

「19歳の母親」として
負のレッテルを払拭するための
計画的な物語作りでした。

 

 

 

「身勝手な嫉妬心」から始まる

 

 

この映画見た時、作中の中で
「こういう方法でしか
生きられない人もいる」という

弁護士の言葉を胸に
少し泣きそうになりました。

 

 

 

世の中には…

理解できない生き方をしている人を
「理解できない」と叩く人がいますね。

 

その人が幸せであれば
幸せであるほど
叩きたくなるのが、人間です。

 

でもそれは
「自分の幸福論や正義感と
異なる考えも持ち
それでいて幸せになろうとする人を
認められない」という…

 

身勝手な嫉妬心と変わりがありません。

 

 

 

作中の中で
「死刑囚の息子」という
過去から逃れられない苦しみは

きっと、その過程を知らない人には
計り知れない。

 

なのに人は
「その過去」にしか目を向けない。

 

彼がどんな人間で
どんな今を生き
どんな風に頑張っていたかには

目もくれないのです。

 

 

現代で言えば
芸能人の不倫も
政治家の失言も
確かに、言いたくなる気持ちは分かります。

だけど
「それだけが彼らの全てではない」
と言うことを

冷静な視点で認めることが必要です。

 

 

その起きた事実だけで
その人の全てに偏見を持つことは

一人の人間の可能性を
簡単に潰すこともできる
恐ろしい狂気でもあること。

 

 

噂も、悪口も
ネットへの書き込みも

注目を浴びたい
共感を得たい、と
孤独を感じる人の叫びでしかない。

 

 

 

 

例え…
生き方や考え方が理解できなくても
「認めてあげること」だけでも
救える人生があるとしたら —

 

 

「人は時に間違える」
それを、許していくことも、ひとつ。

 

 

私たちが毎日暮らす普通の幸せな日々すら
手に入れられない人達のことを
きちんと認めた上で

どんな人に対しても
「そういう人もいるよね」と、
正義や真実に蓋をして
そっと優しく認め合うことが

 

今よりもっと
社会を暖かくする
生き方なのではないか、と。

 

 

 

 

これだけ多くの人が
この世には生きている

 

 

「時には傷つけ合うし、擦れ違う。
これだけ多くの人が生きているんだもの。」

 

 

〈足るを知る〉ことで
今の人生がどれだけ尊いことか、
それすら手に入れられない人たちが
どんな人生を生きているのか

 

 

全てを知らなくとも。
全てを理解できなくとも。

違う存在や生き方を「認め合う」ことで
死なずに済む人がいると思うと
自分の言葉や考え方を意識し直す。

 

人間そのものの存在の大切さ
当たり前に持ち合わせるものの尊さ
教えてくれる…

 

 

そんな、素晴らしい映画だったと
思うのです。

 

 

坂田まこと

 

 

 

 

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