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PTSDという
「個性」と向き合うこと

 

ずっと「ひとりぼっち」だと
そう思っていました。

 

 

私は、PTSD
つまり(Post Traumatic
Stress Disorder
心的外傷後ストレス障害)を患っています。

 

死の危険に直面した後
その体験の記憶が
自分の意志とは関係なく
フラッシュバックのように思い出されたり

悪夢に見たりすることが続き
不安や緊張が高まったり

辛さのあまり現実感が
なくなったりする状態です。

 

 

 

昔、大切な人に裏切られ
それに対峙しそうになったり
それらを否定されたり
少し厳しいことを言われてしまうと

途端に涙が溢れ
「どうしてわたしだけ」と悲観的になり
ポロポロと子供のように
泣いてしまいます。

 

その人を許してあげたいのに
もう受け入れているはずなのに

ただ、ただ

その出来事を思い出すと
涙が出てしまうのです。

 

27歳から30歳までの間
顔の見えない複数の相手から
メールや電話での誹謗中傷を受けた時も

メールを見たり
噂を聞く度に
動悸がして眩暈がするようになり

何か叫び出したくなるような衝動と
意味なく自分を傷つけたくなる衝動に
かられてしまいます。

 

 

 

でも、これは
忘れることも乗り越えることも
基本的には、難しい。

 

私は3年抱えてきて
今は無理に忘れようとしたり
蓋をしようとする事をやめました。

 

 

隠していた時期も、ありました。

 

 

「誹謗中傷をされている」と言うと

されるようなことをした人、と言う
謂れのないレッテルを
自ら貼っていくような気がして

周りの人に上手く馴染めない自分が
どうしようもなく
コンプレックスになっていきました。

 

 

昔、学校でいじめられた時も
先生に相談したら
「あなたにも悪いところがある」
断定された時のように

「私も悪いのかもしれない」
途端に不安になることもあります。

 

 

ここが悪かったのかも、と
思い始めると
妄想は止まりません…

 

まだ起きてもいない未来を怖がったり
あの人もこの人も
本当は私の事をよく思っていないのでは?

人を信じることが出来なくなり
組織で働くことが苦痛になりました。

 

上司の当たり前の注意ですら
「傷つけられる」と身構えてしまう。

怖い、逃げたい、隠れてしまいたい・・・

 

その後、私はドロップアウトし
この業界に入りました。

 

かつては「傷」だったのです、この強さも。

最初から何でも出来たわけではありません。

 

 

この仕事を始めて数年。

 

 

表に立つようになってから
より強く感じることが
多くなった時期もありました。

 

 

私が今日この話をするには
実は理由があります。

 

今日、私が大好きなある店の奥さんが
「ネット上に誹謗中傷の書き込みをされた」

いつも元気な笑顔の向こう側に
純粋な涙を流したのを見て

胸がきゅーっと苦しくなったからです。

 

 

同じ痛みを抱える人と対峙した時
ふと、自分のことを
冷静に見る事ができた事。

 

少しづつだけど
乗り超えていくしかないという事を
学んだ日だったから…

 

 

 

目の前で涙する奥様は
こう言っていました。

「誰に相談していいか分からないし
あの人かも?この人かも?と
誰もが疑わしく見える。

解決しようがない言葉に傷ついて
忘れられない。

誰かに相談しても
誰もが理解できる事じゃないからこそ
どうやって向き合えばいいのか
わからない。」と。

 

 

同じ痛みを抱えた人は
こうやって本音も言えず
周りの目を気にして痛みをひた隠しにして

ただ、ただ

顔の見えない相手に突きつけられた
刃物に対し
裸の心で受け止めることしかできません。

 

 

 

 

書きこんだ側は
きっと明日には忘れているのでしょう。

 

「正しいことを書いてやった」
当然の報いとでも
思っているのでしょう。

 

 

確かに何もないのに
腹も立たないし
書く気も起きないと思います。

 

書いてやる、というキッカケを作ったのは
紛れもなく私達かもしれません。

 

 

でもそれを公の場に
しかも不特定多数の人が
その人物を特定できるような書き込みをする、と
言うことは

「改善して良くなってほしい」
クチコミではありません。

ただ、ただ
「その人を傷つけたい」だけ
または、「ストレスのはけ口」

すなわち身勝手なクチコミでしかないのです。

 

「言い返そうとしたけど
家族に止められました。」
奥様は言っていました。

 

 

…そうですね。

私も言い返したいと
何度も思った事があります。

 

 

 

「思い込み」から起きる

知らぬ間に何倍も膨らみ
きっかけにあった出来事や言葉は
人伝いにどんどん形を変えて

瞬く間に原型を留める事なく
ふくらんでいく風船のようです。

 

「そんなことしてない!」と言ったところで

それはもう真実とは言い難いほど
歪なものになっていき

本人が泣こうが喚こうが
空に飛んでいってしまった風船を
誰も止めることはできないのです。

 

 

 

魅力的な人は
どこかとても個性的です。

 

人と違って良いところが沢山あるのに

それを他の人と違う事
当たり前のルールに沿っていないだけで

正義感の強い人こそ
はみ出る人を許す事ができません。

「あたりまえ」をぶつけられては
個性的な人たちは
簡単に砕けてしまいます。

 

 

とても、簡単に…

 

 

でもその個性的さが魅力的だから
私はその店に何度も行くし
厳しい言葉も
愛のある言葉だと捉える事ができる。

 

そのマジョリティさが
時に理解し難いのであれば

どうか見て見ぬふりをして
そっとしておく優しさくらい
持ち合わせていてほしいのに。

 

 

どうして人は
少しでも「あたりまえ」と違うだけで
傷つけたくなるのでしょうか。

 

本当にその人の「裸の心」
傷つけなくては
いけなかったんでしょうか。

 

 

わたしは、悔しい。

 

このPTSDという傷跡は
一生消えることがありません。

 

 

本人が幸せなことで塗り固めて
安定した環境を取り戻すまで
幾度となくフラッシュバックします。

 

周りに相談しても
結局は否定されてしまうと
また、それが「傷跡」になるんです。

 

だから怖くて相談できなくなる。

 

 

 

 

私もそうでした。

誹謗中傷を受けてきた事を
カミングアウトした時

「被害者ぶるな」と言われてしまいました。

 

被害者とは言っていないのに
そう見えたんでしょう。

 

それも一種の「思い込み」
誹謗中傷の原点は
結局は、思い込みから生まれていく。

当の本人には止められません。
もちろん、私にも。

 

 

だからこそ
このSNS時代に急激に増えた
PTSDを患った人たちは

否定されることや叱られることに敏感になり

誰にも相談できずに
ただ、ただひっそりと
個性を殺して生きていかなきゃいけない。

 

 

 

そんなの、悔しい。

私は、悔しいです。

 

 

私はその方にも
いつだってその人らしくいてほしい。

 

私も過去の失敗や経験を生かして
前に進むことを
毎日毎日使命としています。

 

「悔しさは、原動力。」という言葉が
今の私を強く支えてくれていて

その言葉があるから
誤解されても罵られても
負けずに前に進めるんです。

 

「言われた者の様になるな」と心に命じて
ただ、ただ、前に進む。

 

 

 

3年間。
私にも、それしか出来ませんでした

 

 

 

奥様の傷が癒えるには
最低でも3ヶ月。

でも書き込んだ相手は3日で忘れて
周りの人たちも
3週間で無かったことになります。

傷つけられた本人だけが
3ヶ月、いえ下手したら3年苦しみます。

 

周りの人も
傷ついて苦しむ人のことを
解ってあげられなくてもいいんです。

 

これは経験者にしか
到底理解できない痛みで

子供を出産した時の痛みのように

経験者だけが理解できる
「勲章」みたいなもの。

 

出産後の妊娠線が「母親の勲章」なら
誹謗中傷の傷跡は「人気者の勲章」みたいなもの。

 

明るい太陽みたいな人には
必ずと言っていいほど
暗い影が付きまとうもの。

 

これは自然なことで、悪いことではないからです。

 

 

今でもどうしてこんなに幸せなのに
「この事」になると
途端に涙が出るんだろう…と

私ですら自己嫌悪に陥るくらいです。

 

 

「病んでいる」わけではないのです。

その傷跡だけがズキズキと痛む

 

誰もが、簡単に
「見えない刃物」
人を殺せる時代になりました。

 

私たちはその時代を
強く生き抜いていかなければなりません。

 

 

 

正義は、本当に「正しい」のでしょうか?

 

正義なんて本当はなくても良い。

みんながそれぞれの判断基準を持って
個性を許し合える社会
やってきてほしい。

 

 

今の時代

個性的な人や人気者
一度失敗した人に対しての「税金」
高すぎて

とてもじゃないけど生きにくい。

 

ニュースで芸能人や政治家の不祥事を
重大なニュースよりも
多く放映する日本の文化は

個人が嘆いたところで、変えられません。

 

特に日本は
「出た杭」を叩かずにはいられない。

 

悲しいけれど、それがこの国の「税金」です。

 

 

 

「忘れたほうがいい」なんて、言いません。

 

忘れるなんて無理なんです。

 

でも気にならないくらい
幸せなことを沢山経験したり

99対1の割合
応援してくれている過半数の人たちのことを
たまにでいいから
思い出してくれるだけでいい。

 

 

人はいつも
褒められたことよりも
叱られたことばかり思い出してしまいます。

 

でも、今日からしばらくは

叱られたことよりも
褒められたこと嬉しかったこと
少しでもいいから思い出してください。

 

 

いつかちゃんと
心のコントロールが出来るようになる時が
やってきます。

 

 

あなたは、ひとりじゃない。

無理に忘れられなくても
乗り越えられなくてもいい。


理解してくれないと
嘆くことも必要ありません。

 

その傷跡はいつか
あなただけの「努力の勲章」に変わる。

そんな時が必ず、やってくるから。

 

坂田まこと

 

 

 

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