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人生を生き直す必要があった。

 

ある日、こんな記事に出逢いました。

お世話になっている仕事関係の方から
「まことさんの事みたいですね」
送られてきた記事。

 

 

この文書を読んで
私も19歳で母親になったとき

 

甘えた10代の私から
「人生を生き直す覚悟をしたんだな」…と。

 

 

いい母親だと認められたい。

 

別れた主人には
今でも悪かったなと思う時があります。

 

 

お母さんになりたい私
その反面、女性で在り続けたい私。

 

美容の業界に入り
女性としての価値観を見つめ直した時

「ただの母親で終わってたまるもんか」
不条理な社会環境で
私の働き方を貫く覚悟をした、あの日。

 

 

ただ、ただ、悔しかったんですね。

 

 

 

〈いい母親だと認められたい〉

 

 

昔よく主人に
「子供を産んでから変わった」
なんて言われていましたが
本当は変わって当たり前なんです。

 

〈母親〉という仕事は
放っておいたら死んでしまう命を
24時間守り続けなければなりません。

命を守るわけですから
変わらない方が不自然です。

 

心だけじゃない。
体も変わるわけです。

女の子としての「初々しさ」みたいなものは
当然、無くなるわけです。

 

 

 

 

 

 

私は19歳の女の子から
母親という別の生き物に
「生き直す必要」がありました。

 

それは男性にはあまり
伝わらないかもしれませんが
それも、仕方ありません。

 

10ヶ月も早く親になり
お腹の中で胎児が育って重くなっていくのを
体感し続ける訳ですから

生まれた瞬間〈父親〉になる男性が
女性より覚悟が足りないのも、全て仕方ないのです。

 

「あなたの立場になれば、あなたが正しい。」
「わたしの立場になれば、わたしが正しい。」

 

 

 

 

 

 

そのまま私は
〈母親〉という別の生き物で
20代を全力疾走しました。

来る日も来る日も働きました。

 

同世代とカラオケに行くことも
お買い物に行くこともありませんでした。

今思えば
その時から原色の服を着なくなりました。

「若い」と思われることが
嫌だったんだと思います。

 

そして、主人よりも無理して働きました。

遅れた社会経験を取り戻すために
働ける時間ほど
惜しいものは無かったからです。

 

 

しかし、当たり前ですが
そんな生活は長くは続きませんでした。

 

 

 

社会的に自立していく私は
母親から駆け離れていくわけです。

当然周りには反対されるし
主人も娘も義理の両親も
ただただ、無関心になっていく。

お客様の事を想って働くのと
家族を想って働くのは
似ているのに全く違う配慮が必要だったこと。

 

それが25歳の私には、うまく出来なかったんですね。

 

 

 

 

 

本当は女性として愛されたい。

 

 

25歳の時、離婚を決意しました。

 

 

糖尿病を患った父の為に
ドレス姿を見せてあげたくて
自分で作った小さな小さな結婚式。

 

6年越しの結婚式を自己資金で挙げて
その半年後のことです。

7年間頑張ってきた「心のコップ」が
一気に溢れかえりました。

これまで静かに鎮めてきた葛藤が
父の涙をきっかけに
漏れ始めたんですね。

私は〈女性として愛されたい〉と願い
あの家から幼い娘の手を引いて逃げ出します。

 

今思えば
本当に愚かだったと思います。

主人は父親としては
何も悪い事をしていなかったからです。

 

 

 

 

 

だけど当時の私は10代で結婚し
大恋愛の一つ経験したことがない
自分の経験値の浅さと

〈愛されることへの欠如〉
痛感することが幾度となくあったこと。

 

それを痛感したのは
娘のことを愛する方法が
分からなくなった時です。

成長していく娘を見て
どうやって愛してあげたらいいのか
分からなくなり
仕事に逃げる日が続いた頃。

 

 

私は
自分が〈母親〉という生き物である前に
本当は〈女の子〉だった事を
思い出します。

 

 

手を繋いでほしかった。
頭を撫でてほしかった。

本当は「ただの女の子」であることを
一番側にいる人に
忘れないでいてほしかった。

 

 

 

誰もが急に
いい母親になれるわけじゃないんです。

誰もが急に
女を捨てられる訳じゃないんです。

 

 

 

誰もがゴールのない道を
延々とぐるぐる目が回るまで
迷うこともあるのです。

自分のことだけでなく
子供の変わりゆく個性を受け入れるまでに
時間を要することは
決して悪いことではないと…

 

 

そう信じて
妻も女も親も一気に求められる
社会の〈あたりまえ〉から
ひとり逸れるように生きていく事を決意します。

 

 

 

 

何か一つでも
ちゃんとやり切る達成感が欲しい。

全てが中途半端で、自信を失いかけていました。

 

 

 

 

 

これからは仕事で認められたい。

 

 

 

それから、5年。

「10代の母親」は、30歳になりました。
自分の生き方を見直す、二度目の機会に出逢います。

 

 

 

〈仕事で認められたい〉という
第二のステージです。

 

 

仕事と家庭の両立は
私たち働く母親にとっては
〈永遠のテーマ〉です。

多くの場合が光と影があり
輝く表舞台に反して闇があるものですが
それも女性としての「美しさ」だと信じたい。

 

 

海外では女性が生き生きと働く事を
男性は良しとしますが
日本ではあまり認めてもらえません。

でももし相手を選ぶことが許されるなら
今の私をそのまま認めてくれる人と
生きてみたいわけです。

 

 

そんな私は
今でも〈人を好きになること〉が怖い時があります。

 

愛し方が分からないので
愛され方も分からない。
それで相手を傷つけたりしてしまうことが
あるからですね。

 

それは、娘に対しても同じことでした。

 

 

もう一度、
人生を生き直す必要がある。

 

 

30歳になった。
もう一度、人生を生き直す必要がある。

 

 

仕事も、恋愛も、逃げ道にしない。
背負った全てと向き合いたい。

 

 

今すべきことは
此処で立ち止まることなんかじゃなくて
遅れた青春を取り戻すこと。

 

 

女性は綺麗になるだけで、優しくなれる。

そうやってお母さんは、私を愛してくれたから。

 

坂田まこと

 

 

 

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