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アトピー再発と戦った1ヶ月の記録
痒みと戦った1ヶ月の記録です。
原因不明なアトピー症状は、今だに続いています。
5/5頃の話。
いつも通りご飯をたべ
いつも通り過ごしていて
アトピーになる様なものを食べた記憶は
なかったんだけれど
今思えば…
■顔用のシェーバーで全身の毛処理
■飲めないのに飲んだ微量の白ワイン
■過度な消毒用アルコールの使用
■化粧品の試作品をいろいろ試す
■コロナのストレス過多
■ネット上の誹謗中傷
■信頼していたスタッフの退社
■本社機能を鎌倉に写しほぼ2人で仕事
■子供の学校が休みで私不在の家が不安
など…
何かがトリガーのなっていたのかもしれません。
結構、体や心に負担を
かけていたのかもしれません。
知らず知らずに
頑張りすぎていたのかもしれません。
山口の統合医院の医師である
パーソナルドクターの先生も
こんな風におっしゃっていました。
「皮膚の症状、早く良くなるといいですね。肉体的な問題点は今回の血液検査で判明するものと思いますが、心のコントロールも非常に大切です。アトピー症状は、「攻撃されたと感じることが多い。周囲に過剰に反応。必要以上に自分を守ろうとする。」などの精神的ストレスが影響すると言われております。自分に対しても寛大になるようにしてあげてください。」とのメッセージが。
…そうですよね。
それはセラピストである私が
一番わかっていたこと。
アトピーという症状は
「原因不明な」症状だからこそ
心と体と徹底的に向き合う必要があって
何を塗るか、何をするか、とかだけではなく
根本的な環境のシフトが必要であることを
今回の全身アトピー・アレルギーから
たくさん学んだと思っています。
最初の湿疹は、足の脛から。
お見苦しい写真ですが
同じように痒みと戦うアトピーの方に
何か参考になるなら、掲載しますね。
気になってしまう方は、ご覧にならない方が良いです。一番ひどい箇所は避けていますが初期症状は掲載しています。
私のアトピーは、後天的。
確かに赤ちゃんの時から皮膚は弱かったものの
掻き毟るようなアトピー症状はなく
産後のホルモンバランスの変化で
20代前半から始まった症状。
特にピークだったのは、20歳の時の
顔首回りの湿疹と
腕や足の関節内側の湿疹。
紫外線吸収剤や化粧品が合わなかったのか
いつも使っていた日焼け止めで
急に赤むけ、晴れが始まり
しばらく紫外線の下に出ると
「赤い湿疹が出る」紫外線アレルギーみたいな
症状さえ起きていた頃。
その時はまだオーガニックスキンケアを
知らなかった頃なので
皮膚科でもらったステロイドとヒルドイドを
適量混ぜて全身に使用。
今考えたら、あの時で一気に皮膚が
「弱くなった、薄くなった」と感じます。
下着のワイヤーでは痒くなったり
そんなことこれまで無かったから
20歳の時の全身のアレルギーなのか
アトピーなのか分からない。
きっかけは「化粧品薬害」でした。
私の肌質を、確実に変えてしまいました。
そこに、環境の変化やストレス
ホルモンバランスの変化もあったでしょう。
25歳で離婚した時にも
同じようなことが起きていました。
あの当時は、会社の登記簿を写す場所がなく
知り合いの部屋を借りていた一年間。
不本意にもタワーマンションの
38階に住んでいました。
今思えば、よく家賃払えてたな….
母子家庭で、養育費も無かったのに….
本当にギリギリの生活だったと思います。
当時は、コットンハウススクールが始まり
自宅で一期生を迎えたり
書籍の出版や新店舗、新化粧品開発など
一気に多忙になった時期でした。
その頃の皮膚は、背中から胸下あたりにかけて
帯状疱疹から始まり
様々な鎮静系のオイルやクリームで
多少の緩和でき、脱ステロイドはしたものの
結局、弱い痛みと呼ばれる「かゆみ」に負けて
眠れない夜で自律神経のバランスを崩し
不機嫌に娘に接したり
彼の前で意味もなく泣いたりしてた頃。
こんなこと書くと
「ここまで書いていいの?」なんて
言われたりするんだけど、笑
でも、これが働くお母さんの「リアル」。
綺麗で美しいよりも
泥んこで一生懸命な方が
生きてる、頑張ってるって気がする。
25歳で初めて背中を掻き毟り
5年経った今、痒みが一番出やすい場所に。
それまではエステのモデルをする際に
「綺麗な背中だね」って言われるほど
本当に、ニキビ一つなかったのにね。
唯一の自慢を失った「喪失感」は
当時は、計り知れなかった。
掻きこわしたことで
背中の皮膚バリア機能は著しく低下して
締め付ける系の下着は
一日付けることはできません。
いつも買うのは
無印で売っている
オーガニックコットンで出来た
「Lサイズ」のブラカップ付きタンクトップ。
Sでもいいくらいなんだけど
Sの胸周りのゴムがとにかく痒いのです。
なので、すごくぶかぶかでも
Lサイズじゃないと
ショーツも痒くなる始末です。
なので、常に大きめの下着や肌着を
無印で買っています。
本当はもっと質の良いものも
あるとは思うんですが
2.3枚をローテーションして毎日使うので
すぐにボロボロになってしまうんです。
特に大きめのサイズなので
洗うだけでどんどん緩くなって
買い変えないといけない。
なので、出来るだけ買いやすい値段のものを
選んでいるのです。
と言っても、無印も
安くはないですけどね。
値段にしては質が良いので愛用しています。
そして、それから約4年。
オリンピックか?と言わんばかりに
3-4年おきにやってくる「全身の痒み」。
今回は、足の湿疹から始まり
次の日、腕の内側に赤い湿疹が。
この時点で発症から3日。
「あれ、おかしいな?」と思い始めたころ。
人手不足で、仕事も忙しく
あまり寝れていなかった。
病院に行くのもコロナの影響もあり怖くて
家で少し様子を見ていたんですね。
そこからが、早かった。
その翌日の5/9ころ。
腕や足にボコボコと影ができるほどに
凹凸ができて、驚いた…
写真で見ると、わかるかな?
こんな風に凹凸のような蕁麻疹が
腕と足に瞬く間に広がっていく。
流石に、これは特に痒くって。
そこから3日また経った頃には
これまで症状がなかった
お腹、胸周り、デコルテ、背中にも
湿疹が広がり、痒みが増していきました。
この頃は、正直誰にも会いたくなかった・・・
美容の仕事なのに、一番自分が醜い状態。
キッチンの鏡に映る自分の体が
あまりにも醜くくて
一人きりでぽろぽろと泣いてしまう。
どうしようもない。
ここまできたら
薬だけではどうにもならないことが
分かっていました。
全身に塗った薬が、どんな副作用をもたらすかを
分かっていたので
もらった薬を塗る事ができなかった。
今よりも辛い生活が待っていることを
3度目のアトピー症状を経て
学んでいました。
「どうして私だけが
こんな目にあわなきゃいけないの・・・」と
周りには吐き出せない弱音を
娘がたった一人、側にいて
聞いてくれていましたね。
本当に大きくなったな…
娘ちゃんこそ心配で、不安だっただろうね。
有難うって言っても伝えきれないくらいです。
ピーク時の写真には
見苦しくて残せないくらいです。
本当に広がるそのスピードとたるや
怖くって怖くって。
親にも会いにいけないし、病院にも怖くていけない。
娘にも移ったらどうしよう?
仕事は誰が代わりににするの?
今のお客様はどうするの?
発送の指示は誰がするの?
終わりの見えないコロナウイルスへの不安と
薬が効かない、濡れない恐怖が
毎晩毎晩こみ上げてきて
その不安から、不眠がちになり
痒みで何度も目が覚めてしまっていました。
今思えば「自律神経失調症」にでも
なりかけていたかもしれません。
でも、そう診断されたところで
自分に優しくするしか、改善策はない。
そもそも、何故ここまでのアレルギー症状
またはアトピー症状が
この10数年で3回も起きたのか
「体を徹底的に調べる」機会を強制的に
あたえられた気がしていました。
「もう、向き合うしかないんだ」と。
いつか治る、なんて
淡い夢を見ていたんですね。
体質や肌質は
一度リミットを振り切ってしまうと
早々に元どおりにはならない。
この全身アレルギーを経て
本当に気づかされることが多かったんです。
顔まで湿疹が上がってきたときは
写真を撮って
パーソナルドクターと看護師である母に
連絡しました。
病院にももちろん通ったけれど
やはり予想通り
痒み止めと抗生物質とステロイドとヒルドイド。
分かってる。これしか出来ないこと。
今回は3度目だったので
流石にいろいろ不安になって
こんな情勢下の中、不謹慎かもと思ったんですが
山口県のパーソナルドクターの元へ聞き
血液検査を行うことに。
オーソモレキュラー療法と呼ばれる方法を試し
血液をアメリカに送りました。
あとは、遅延型アレルギー検査も全て。
今回、推奨してくれた先生には
本当に感謝しています。
どこの病院に行っても
同じ薬しか出てこなくて
塗ってみて、痒みは一瞬落ち着いても
また数日すると皮膚の薄くなった状態では
衣服で着脱ですら、痒くなる。
今は、1ヶ月ほど経ち
目に見える赤みの湿疹は無くなったものの
常に「鳥肌」状態。
正直、見るだけで悲しくなります。
でも私に泣いている暇なんて
今はありません。
働かなくては。
家族のためにも、お店のためにも。
今は、痒く無くても鳥肌がずっと立っている状態。
よく見ると気持ち悪いけれど
これでも随分と良くなったんですね。
特別何をしたわけでもありませんが
ステロイドとヒルドイドは無駄に塗らないように。
掻きこわしそうなほど辛い夜だけに
限定して使いました。
それ以外は、ひたすらお風呂の前後に
ホホバオイルとシアバター
枇杷の葉オイルを混ぜて
浴室の湿った素肌にとにかく塗っていました。
その摩擦でさえも痒くなるのですが
乾燥させては、もっと酷くなります。
ただでさえ、バリア機能がほぼ機能していない。
アトピー症状が起きて1ヶ月
アトピー症状が起きて1ヶ月。
やっと新しい皮膚ができ始めています。
この時期に赤みがなくなったと言って
いつもの生活スタイルに戻すと
いつもより過敏な肌は、すぐに痒みを繰り返します。
常にどこかが、痒い。これは本当に辛い。
今は30度を超える真夏日でも
スカートと足が擦れて痒くならないように
10部丈のレギンスは
朝も昼も夜も着用しています。
Lサイズのカップ付きキャミソールは
もちろん手放せません。
夜はオーガニックコットン繊維の長袖をきて
レギンスに裾を入れて
繊維が皮膚と擦れないように着用し
暑いときは薄着になるのでは無く
クーラーをつけて眠るように。
枕元には、いつでも痒くなったら塗れように
■精製されたオーガニックホホバオイルHAMOC
(未精製は何故か少し痒かった)
■ここにBIWANOHA オイル、ボデイタマヌオイルを
1 プッシュづつ混ぜて
■何も入っていないシアバターHAMOC
(体温で溶かしながら使う)
これはまず必須。
お風呂上がりは浴室の中で
この4種類を駆使しました。
HAMOCはオーガニックなことはもちろん
素材ごと買えるから
濃い精油やエキスを避けることができる。
抗ヒスタミン作用がある
枇杷やタマヌは、本当に必要不可欠でした。
こんなときは
ほんの少しの精油すら刺激になる。
だから極力香り高いものは避けています。
■痒み止め代わりにのクリームとして
アンチイッチジェル FRESH
ティトーリークリーム FRESH
を混ぜてさらに上に重ねることも。
これを一つのバスケットに入れて
お風呂場にも寝室の枕の横にも持っていき
とにかく
「バリア機能が著しく低下した皮膚を
守ってくれる外的保護策」は
人の5倍意識しないと
この治りかけの皮膚の痒みは、乗り越えられません。
暑いけれど、日中も10部丈レギンス・肌着は長袖。
ただでさえマスクで暑いのに
長袖ときたら、熱中症になりそうですね。
でも、発症してちょうど1ヶ月。
今が一番皮膚が敏感なときなので
とにかく守るスキンケアを
しないといけません。
焦って「治そう」としないことです。
自然に回復するまで「保護」に努めています。
もちろん紫外線はNGですし
湯船に浸かることもできません。
シャワーも低温、最後は冷水で流し
浴室の中で全身の保湿をして
軽く浸透するまで裸で過ごしたり。
これは、ある意味真冬の大乾燥の時じゃなくて
本当によかったのかもしれません。
服は暑いですが
冬の乾燥と寒さの中で
この対策は絶対にできなかった…
出来るだけ体が濡れないように
少しの摩擦も痒くなるきっかけになるので
細心の注意を払って
タオルも新しく新調し
新品のオーガニックコットンに。
擦らずに押さえるように拭いて
熱を持った風呂上りが一番危険なので
片手に小さな保冷剤を持ち歩いて
痒くなったら押さえるようにしています。
家の冷凍庫には
柔らかい保冷剤が山ほど。
これは本当に必須で。
痒いときには、爪楊枝を束ねただけの
なんちゃって剣山を当てます。
割と使えます。笑
痛いけど、掻きこわすよりは
よっぽど刺した方がマシです。笑
そんな生活を約1ヶ月半。
見た目ではほとんど分からないほどに
引き始めていますが
やはりちょっとしたことで痒くなりますし
赤く腫れたりもします。
一度振り切ったリミッターは戻りません。
「完治」するなら
アトピーという名前も付きません。
だからこそ
一生向き合ってコントロールしていく
「知恵」を持たなければ
また薬害や化学物質で肌を弱くする一方です。
他人や化粧品のせいにしても
苦しむのは自分だけ。
私は、美容家として
綺麗な肌では無くても
気持ちがわかる、対策がわかることで
いつか誰かの為にもなると信じてます。
痒みは、弱い痛み。
掻けば楽なることを
私たちは本能的に知っています。
だから無意識に掻いてしまう。
これをコントロールすることは
子供はもちろん、大人も不可能に近いのです。
でもね。
諦めているわけじゃないのです。
「完治」はできなくても
着実に「健康」には近づけられます。
自分の生活習慣を見直し
スキンケアはもちろん、食事もとことん見直し
衣類や自宅の環境も。
崩壊した「皮膚バリア機能」を回復させる
長いようで短い半年間が始まります。
このアトピー期間中は
1週間を2回ほど「精製白砂糖断食」も
しましたね。
汗をかくと痒いので
なかなか運動ができていませんが
少しづつ、増やしていきたい。
いつかきっと
この経験が「誰かのためになる」と思うと
どんな辛いことも乗り越えられます。
いつもそう思って、この肌と向き合っています。
また、報告しますね。
– 沼田先生、本当に有難うございます –
私の半生が自叙伝になりました。
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